Mag-log in離宮の食堂には、焼きたてのパンの香ばしい香りが漂っていた。
大きな窓から差し込む朝日が白いテーブルクロスを照らし、
静かな時間が流れている。クラリッサは少し戸惑いながら席についた。
王宮のような豪奢な料理ではない。
焼きたてのパンに温かなスープ、卵料理と季節の果物。
だが、どれも丁寧に作られていることが伝わってきた。
「お口に合わなかっただろうか」
向かいに座るエルネストが尋ねる。
「いえ、とても美味しいです」
クラリッサは微笑んだ。
「ただ……」
「ただ?」
「第二王子殿下と朝食をご一緒する日が来るとは思っておりませんでした」
エルネストは少し考え込むように視線を上げる。
「私もだ」
「え?」
「誰かと食卓を囲むこと自体、あまりない」
その一言に、クラリッサは少し驚いた。
「いつも研究がお忙しいのですか?」
「ああ」
淡々と答える。
「気付けば時間を忘れる」
「昨日も徹夜でしたものね」
エルネストは視線を逸らした。
その先に、数輪だけ咲く花がある。青薔薇だった。
「……綺麗。」
思わず声が漏れる。
すると、エルネストが微笑んだ。
「王家の理紋で奇跡的に数輪が咲いた。
青薔薇、この離宮の象徴だ。 『不可能を可能にする』という花言葉がある」クラリッサは小さく頷き、花を見つめた。
思わず笑みがこぼれる。
そんな穏やかな空気を、不意に扉を叩く音が破った。
コンコン。
「失礼いたします、殿下」
食堂へ入ってきたのは、側近のオリバーだった。
濃紺の軍服を身にまとい、背筋を真っ直ぐに伸ばしている。
その表情は朝とは違い、どこか緊張していた。
「……報告か、オリバー」
「はい」
オリバーは一礼すると、一瞬だけクラリッサへ視線を向ける。
「アルベリオン公爵令嬢に関する件ですが……」
クラリッサの肩がわずかに強張った。
しかしエルネストは落ち着いた様子で頷く。
「構わない。ここで話せ」
「承知しました」
差し出された書簡を開きながら、オリバーが続ける。
「アルトリウス殿下がマリア令嬢との婚約を発表しました」
「予想より早いな」
「はい。そして、殿下がクラリッサ様を離宮へ迎え入れたことで、
王宮では警戒が強まっています」エルネストは静かに書簡へ目を落とした。
「兄上は何と?」
「『第二王子が罪人を匿っている』と各派閥へ触れ回っております」
クラリッサの手に汗が滲む。
私の想いは何も伝わっていなかった。
そして、エルネスト殿下にも迷惑を掛けている。そんな思いが胸を締めつけた。
オリバーはさらに続ける。
「加えて王妃派の貴族たちも動き始めました。
宰相派の一部からは、離宮を監視対象とすべきと声が上がっています」「監視か」
「離宮への出入りも記録されるかと」
「なるほど」
エルネストは静かに息を吐いた。
「兄上は、ずいぶん焦っているらしい」
「はい。戴冠に向けた派閥調整も見られます」
「……父上の病気に乗じて足場を固めてきたか」
短く考え込む。
そして穏やかな声で言った。
「ありがとう、オリバー」
「武官長ガレス殿と文官長セドリック殿には、すでに連絡済みです」
「了解した」
「必要であれば、離宮の警備を増員いたします」
しかしエルネストは首を横に振る。
「いや、過剰な警備は不要だ」
「ですが……」
「これは戦争ではない」
静かな一言だった。
それでも部屋の空気が引き締まる。
「暗殺者は現れた。
だが、まだ話し合いで収まる可能性は残っている」オリバーは静かに頭を下げた。
「承知いたしました」
報告を終えると、彼は食堂を後にした。
静けさが戻る。
しかし先ほどまでの穏やかな空気とは違っていた。
クラリッサは俯き、小さく口を開く。
「……申し訳ありません」
「私のせいで――」
「違う」
迷いのない声だった。
クラリッサが顔を上げる。
エルネストは真っ直ぐ彼女を見つめていた。
「君のせいではない」
「ですが……」
「たとえ君が離宮へ来なくても、遅かれ早かれ同じことになっていた」
「え……?」
「兄上は『真実の理紋』を信じすぎている」
どこか寂しげな声だった。
「一度『正しい』と認識したものを疑えない。
そして、その性質を利用する者が現れ始めている」窓の向こうには、遠く王都の尖塔が霞んで見えていた。
「これは君一人の問題ではない」
クラリッサは息を呑む。
「王国そのものの問題だ」
その言葉の重さに、自然と背筋が伸びた。
するとエルネストは少しだけ表情を和らげる。
「だから安心していい」
「え?」
「私は覚悟もなく人を庇ったりはしない」
静かだが揺るがない声音だった。
「君をここへ迎えたのは、衝動ではない。
私自身が必要だと判断したからだ」クラリッサの胸が温かくなる。
「ありがとうございます……殿下」
エルネストは小さく頷いた。
「これからは忙しくなる」
「はい」
「だからこそ、まずは離宮での生活に慣れてほしい」
「生活……ですか?」
「ああ」
彼は穏やかに笑う。
「まずは、私を味方だと思ってくれ」
「味方……」
「ここには私だけではない。君を支える者がいる」
その言葉は、不思議なくらい自然に胸へ届いた。
「君はもう、一人ではない」
その瞬間、胸の奥で何かが静かに脈打つ。
淡い光が一瞬だけ揺らぎ、誰にも聞こえない声が響いた。
――【重要対象を認識】
――【共鳴率:23%】
また一つ、運命の歯車が静かに動き始める。
◇
その頃――王城。
第一王子アルトリウスの執務室。
一人の貴族が恭しく報告書を差し出した。
「第二王子殿下は、公爵令嬢を正式に離宮へ迎え入れました」
「そうか」
アルトリウスは窓の外へ目を向ける。
王都の街並みを眺めながら、小さく口元を歪めた。
「追放された令嬢に随分と熱心なことだ」
「いかがいたしますか」
短い沈黙のあと、アルトリウスは静かに命じる。
「宰相に任せず、こちらから監視を出せ」
「はっ」
「……まだ、その程度だ」
穏やかな声とは裏腹に、
その瞳の奥では小さな苛立ちが静かに燃え始めていた。その火種が、やがて王国全体を巻き込む大火となることを、
まだ誰も知らない。離宮で迎える、穏やかな朝。 ようやく安らぎを得たクラリッサでしたが、 その裏では王都の歯車が静かに動き始めます。
アルカディア離宮の朝は、王都より少し遅く始まる。 北方山脈から吹く風が、高原の草花を優しく揺らしていた。 白い石造りの館。深い青色の屋根。 中央には時計塔がそびえ、 その周囲には手入れの行き届いた庭園が広がっている。 その片隅では、数輪の青薔薇が朝露をまとい、静かに咲いていた。 人々は、この場所を―― 『青薔薇の離宮』と呼ぶ。 長く忘れ去られていた場所。 だが、この二週間で、その景色は少しずつ変わり始めていた。 止まっていた理紋には光が戻り。 荒れていた庭園は整えられ。 人の笑い声が聞こえるようになった。 そして、その変化の中心には、一人の少女がいる。「順調ね……」 クラリッサはしゃがみ込み、小さな芽を見つめていた。 指先で土を優しく整える。 三輪しか咲いていなかった青薔薇は、今では五輪まで増えていた。「青薔薇って、不思議ですね」 背後から声がする。「また朝から庭か」 振り返ると、エルネストが数冊の資料を抱えて立っていた。「おはようございます」「ああ。おはよう」 クラリッサは嬉しそうに花を指差した。「少しずつ増えているんです」 エルネストも視線を向け、小さく頷く。「本当だな」「ほんの少し手を掛けるだけで、ちゃんと応えてくれるんですね」 風が吹き、青い花弁が揺れた。「未来も、きっと同じなんです」 クラリッサは柔らかく微笑む。「放っておけば枯れてしまう。 でも、誰かが育てれば、ちゃんと花になる」 エルネストはしばらく花を眺めていた。 そして、小さく笑う。「君らしい考え方だ」「そうでしょうか?」「ああ。未来を花に例える者は珍しい」 一拍置いて、続ける。「だが、嫌いじゃない」「……ふふっ」 二人は自然と笑い合った。 その時だった。 花壇の奥で、小さな影が素早く走った。「あら?」 クラリッサが振り向く。 しかし、草むらは静まり返っている。「どうした?」「……今、何かいたような」 エルネストも視線を巡らせた。 だが、何も見当たらない。「小動物でしょう」「そうですね」 二人はそのまま館へ向かった。 今は、まだ。 それだけの出来事だった。 ◆ 食堂には、焼きたてのパンと野菜たっぷりの温かなスープが並んでいた。 窓から差し込む朝日が、木製の食卓を優しく照らして
一匹の鼠が、暗闇の中を走っていた。 逃げていた。 何から逃げているのかは分からない。 ただ―― 背後から近づいてくる足音だけは、 本能で理解していた。 一定の間隔で響く足音。 コツ。 コツ。 コツ。 鼠は腐りかけた木箱の陰へ身を隠した。 乾いた穀物の匂い。 冷たい石壁。 罠の張り巡らされた地下保管庫。 そこは、鼠が生きるには決して恵まれた場所ではなかった。 それでもアッシュ・マウスは、 そこで生き延びていた。 小さな鼻を動かし、餌の匂いを探す。 だが――動けなかった。 白い靴が、目の前で止まったからだ。「……見つけました」 優しい声だった。 鼠が顔を上げる。 そこにいたのは、聖女マリアだった。 マリアはゆっくりとしゃがみ込む。 銀色の瞳が、鼠を見つめていた。「怖がらなくても大丈夫ですよ」 その声には、慈愛すらあった。 鼠は逃げようとする。 だが、その瞬間。 床に淡い黄金の理紋が広がった。 鼠の身体が、小さく震える。 逃げることができない。 マリアは微笑んだ。「あなたを別の存在へ変えるつもりはありません」 黄金の文字列が、鼠の周囲へ浮かび上がる。【個体情報】【種族】アッシュ・マウス【生存能力】旺盛【環境適応】S マリアは静かに確認する。 目の前にいるのは、特別な力を持たない小さな魔物。 戦う力もない。 人を殺す牙もない。 けれど―― それでいい。「あなたに必要なのは、戦う力ではありません」 マリアの指先が、鼠へ伸びる。「生き残る力です」 そっと頭を撫でる。 鼠は怯えたまま動かない。「あなたなら……うってつけですわ」 マリアの銀色の瞳が細められる。「あなたには、もっと生きやすい場所を教えてあげます」 そして、静かに告げた。「アルカディア離宮の地下で」 理紋が、ゆっくりと回転を始める。「誰にも気づかれず」 一つ。「誰にも疑われず」 二つ。「ただ、増え続けなさい」 三つ。 黄金の文字列が組み替えられる。【繁殖固定】 その瞬間。 アッシュ・マウスの身体を、淡い光が包み込んだ。 しかし―― 何も起こらなかった。 姿は変わらない。 異形にもならない。 特別な能力が発現することもない。 ただ一つ。 可能性だけが刻まれた。 この個体が持
王立学園・地下書庫。 巨大な光の書物が、ゆっくりと閉じていく。 パタン――。 その音とともに、過去の景色が霧のように消えていった。 図書塔。 学術祭。 月が落ちる夜。 すべてが一冊の記録となり、本へ還っていく。 やがて光は収束し、地下書庫の静寂だけが残った。 クラリッサは小さく息を吐く。「……これが、原記録」「世界そのものが覚えていたのね」 アルトリウスの告白。 マリアの微笑み。 そして、封印された真実。 静かな灯りと紙の香り。 現実へ戻ってきたのだ。 すると、エルネストが口を開いた。「いや、終わってはいない」 彼は机の上の資料へ視線を落とす。「ようやく始まった」 その言葉に、クラリッサも頷いた。 そうだ。 これは回想ではない。 調査だったのだ。 失われた過去を取り戻し、未来を変えるための。 すると、ジュリアンが手帳を閉じる。「姉上」「はい」「一つだけ、確信したことがあります」 彼は静かに言った。「断罪は偶然ではありません」「……ええ」「今も姉上を苦しめています」 クラリッサの胸が冷たくなる。(そうね、終わっていない……。) すると、エルネストが資料をまとめ始めた。「ここからは対策だ。 過去は変えられない。だが、未来は変えられる」 未来。 かつては、そう思えなかった。 断罪され、追放される運命。 奪われた未来。 だが、今は違う。(私は知っている)(運命は固定されているわけじゃない)(書き換えられる) その瞬間――。 地下書庫の空気が、わずかに震えた。 本棚に刻まれた古代文字が淡く発光し、クラリッサの視界に文字列が浮かぶ。【新規ルート解放】 クラリッサが目を見開く。「……新規ルート?」 すると、エルネストも表示を見る。「何だ?」 新たな文字が浮かび上がった。【第二王子エルネスト】【王国再建計画:開始】【推奨期間:百二十日】【成功条件:未来の固定阻止】【失敗条件:アナスタシス・コード未共鳴】 すると、ジュリアンが少し笑った。「姉上らしいですね」「え?」「今すぐにでも研究を始めそうです」 クラリッサも思わず笑った。「そうかもしれないわね」 すると、エルネストが少し口元を緩める。「離宮で青薔薇を咲かせるのも悪くない」「殿下も研究がお好き
地下保管庫は、重苦しい静寂に包まれていた。 ルシアンの記録を映し終えた《記録保全帳》は静かに閉じられ、 その表紙だけが淡く銀色の光を帯びている。 「何故だ。 過去の記憶見ているはずなのに、まったく覚えがない」 現代のエルネストが口元に手をあてる。 アナスタシス・コードが、突如として激しく明滅する。 薄桃色の理紋が床いっぱいに広がり、 空中へ幾重もの古代文字が浮かび上がった。「まだ、記憶が残っています」 ◆ 低い共鳴音が、地下空間を震わせる。「ごきげんよう、皆様」 優雅な一礼とともに、彼女は姿を現した。 純白の衣装に艶やかな銀髪。 柔らかな微笑み。 マリアだった。 その姿だけを見れば、慈愛に満ちた聖女そのものだ。 しかし、クラリッサには見えていた。 その足元に浮かぶ、黄金の文字が。 エルネストが一歩前へ出る。「その理紋を解析させてもらう。《アナライズ》」 マリアは穏やかに微笑んだ。「どうぞ、ご自由に。 両殿下のお力を、お見せください」 エルネストの理紋が蒼く輝く。 幾重もの術式陣が展開し、複雑な理紋が黄金の術式へ絡みついた。「構造を開示せよ」 黄金文字が浮かび上がる。【ファタリス・シール】【第二段階 試験運用】 エルネストが静かに息を吐いた。「……やはり段階式か」 マリアは微笑んだままだ。「解析がお早いですね」「第一段階では認識誘導。 第二段階では理紋への固定、か」 ジュリアンが息を呑む。(第二段階……) つまり、術式そのものが進化している。 マリアは黄金の理紋へ視線を向けた。「おわかりですか? 理紋が定義する真実へ、人が固定されるのです」 エルネストは解析式をさらに展開した。【試験範囲 王立学園】 【維持条件 固定点保持】 ジュリアンが目を見開く。「固定点……?」 エルネストは黄金の術式を睨んだ。「なるほど。術者自身が中心か」 マリアは否定しなかった。「その通りです。 術者が固定点から離れれば、術式は維持できません」 エルネストの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。「弱点を話すとはな」「構いません」 マリアは穏やかだった。「近づける方がいらっしゃるなら」 ルシアンが声を上げる。「兄上、僕もやります」 エルネストが振り返る。「王家の理紋に《共
地下保管庫を包む静寂の中、誰もすぐには動けなかった。 古びた『王立学園・記録保全帳』は閉じられたまま、 机の中央に置かれている。 その一冊だけで、この国の歴史そのものが揺らぎ始めていた。「国家規模で真実を固定する理紋……」 エルネストが低く呟く。「もし本当に存在するなら、歴史書も、人の記憶も、 証言さえ信用できなくなる」「だからこそ」 ジュリアンは保全帳へ視線を落とした。「改変される前の記録だけを、切り離して保管したのでしょう」 クラリッサは静かに頷く。 その瞬間だった。 パラリ。 保全帳がひとりでに開いた。 誰も触れていない。 銀色の光が頁の奥から滲み出す。「これは……」 エルネストは右手をかざした。「《アナライズ》」 青白い理紋が本を包み込む。【古代理紋術式】【共鳴履歴:解除】【閲覧権限:保護対象確認】「記憶映像ではない」 エルネストが静かに言う。「これは当時の公文書を保存した術式だ」「つまり……」「誰にも改竄される前の記録ということだ」 ◇ 銀色の光が部屋を満たす。 そこへ、一枚の文書が映し出された。【王国極秘文書 第七号】【閲覧資格:王家・アルベリオン家当主】 クラリッサは息を呑む。「極秘文書……」 ゆっくりと文字が浮かび上がる。『第一王妃逝去に伴い、 第一王子ルシアン殿下の王位継承権は凍結する』『これは本人の資質によるものではない』『王国の安定を最優先とするための臨時措置である』 静寂が流れた。 続いて、次の一文が現れる。『王位継承権は将来的に復権可能』 エルネストが目を見開く。「……復権?」 ジュリアンも驚きを隠せない。「そんな記録は、現在の歴史書にはありません」 さらに頁がめくられる。『第一王子は王位継承権を第三位へと繰り下げ、 第二王妃セリーヌの庇護下に入る』 ルシアンが小さく呟く。「……この記録が残っていたなら、僕は随分危うい立場にいた」 エルネストは静かに目を閉じた。「だから父上は、王位継承に慎重になられていたのか……」 さらに最後の文書が現れる。【第一王妃 遺言】 部屋の空気が張り詰める。 美しい筆跡だった。『我が子を争いへ巻き込まないでください。 王位より命を。 地位より優しさを あの子が笑って生きられる
王立学園・地下資料室。 レティシアの記録が消えると、室内には重い沈黙だけが残った。 誰も、すぐには口を開かなかった。 やがてジュリアンが静かに立ち上がり、一つの鍵を机の上へ置く。 黒鉄で造られた重厚な鍵。 柄には、現在の王家では使われていない古い理紋が刻まれていた。「姉上」「昨夜、文書管理局の保管庫から見つかりました」 クラリッサは鍵を手に取る。 見た目以上に重く、冷え切った鉄の感触が掌へ伝わった。「保管庫の鍵……?」「はい。しかも閲覧禁止区域のものです」 エルネストが眉を寄せる。「管理局に、そのような区画があるとは聞いたことがない」「存在そのものが秘匿されています」 ジュリアンは鍵を見つめる。「現在の王家では認証できないほど古い権限で封じられています」 室内の空気が張り詰めた。 クラリッサは静かに頷く。「……確かめましょう」 ◇ 三人は地下通路を進む。 人気のない石造りの廊下。 壁に埋め込まれた魔導灯だけが淡く道を照らしている。 やがて、一枚の巨大な石扉が姿を現した。 幾重にも重なる封印理紋。 長い年月、誰一人として開かなかったことが伝わってくる。「ここです」 ジュリアンが鍵を差し込む。 ゆっくりと回す。 ――ガチャリ。 重い音が地下へ響いた。 石扉が軋みながら開き、閉ざされていた空気が静かに流れ出す。 部屋は意外なほど狭かった。 棚も数えるほどしかない。 その中央に、一冊だけ本が置かれていた。「……これだけ?」 クラリッサが思わず呟く。 エルネストも目を細めた。「封印するには、あまりにも厳重すぎる」「つまり、それだけ価値のある記録ということです」 ジュリアンは慎重に本を持ち上げた。 革表紙には金色の文字が刻まれている。『王立学園・記録保全帳』「保全帳……」 クラリッサはゆっくりとページを開く。 乾いた紙の音が静寂に響いた。 歴代卒業生。 研究成果。 功績。 学園の歴史が几帳面に記録されている。 だが、一ページだけ異様だった。「……え?」 一人分の記録だけが黒く塗り潰されている。『クラリッサ・ド・アルベリオン』「私……?」 胸の奥が僅かに疼く。 何かを思い出せそうで、思い出せない。 無意識に胸元へ手を添える。 だが、そこに眠る《アナスタシ







